私がアロージャズオーケストラの
ミュージックスクールで
ジャズを学び始めた頃
関西で活躍しているたくさんの
先輩ミュージシャンに出会いました。
そんな中、トロンボーンの先生 
宗清洋先生がたくさんの事を
教えてくださいました。
こちらから求めると
気さくに何でも教えて下さいました。
いつか、先生と一緒に演奏したいなぁと。
ライブ活動を始めた頃
『nao、何でアイツら(某ミュージシャン達)は
お前と一緒に演ってるか分るか?
それはな、お前の歌じゃない、
お前の集客力があるから、それだけ。
当たり前やろ、お前はまだまだや。
周りに群がってるのはお前の集客力で
金になるからなきまってるやろ‼️』…
分かってはいたけど…
はっきり言ってもらえて吹っ切れた私は
もっともっと練習しなきゃいけない。
そして、私はそれまで一緒に演ってた人達と
離れる決心がついた。
それから数年後2枚目のアルバムを作る事に
一曲でありますが、先生にレコーディング
に参加して頂きたい旨をお伝えした。
そしたら先生『ちゃんと歌えよ!』えー
出来上がったアルバムを持って先生に
会いに…スタジオ入って2人で
アルバムを聴いた。
『まずまずやな口笛』と。ホッとして。
そして、3枚目のレコーディングでは
先生に3曲、参加していただいた。
また同じように、2人で完成した
アルバム聴いた。
『ええのんが出来たと思う』と言って頂いた
ホッ照れ照れ照れ良かった。
私の2nd アルバムでは
黒いオルフェ
3rd アルバムでも
My Romance 
Whisper Not
Speak Low

宗清先生に参加して頂いた。
お金の話をしようとすると
『そんなもんは、なんぼでもええ。
そのかわり、ちゃんと歌えよえー』
金額指定はされてはいませんが
ちゃんとお支払いしましたニコニコ


先生に最後にお会いしたのは
2年近く前になる。
そう、コロナ禍になる前だった。
今年4枚目のアルバム
このアルバムにも参加して頂きたいと
私自身、とても楽しみにしていました。
今週の月曜の夕方 LINEが入った
『宗清先生がお亡くなりになられた…』と。
頭が真っ白になった…
真面目で、真っ直ぐで、
ご高齢80歳をすぎても何があっても
必ず毎日数時間練習し
後継の人達にしっかり指導されていました。
そんな尊敬してやまない先生と
出会えた事、一緒にお酒を飲んだこと
一緒にレコーディングさせて頂いたこと
先生が故郷福山から出てきた当時の事
数えきれないほどのCDを貸して頂いた事
ステージに立つ人間としての心構え
…たくさん、たくさん、
本当にありがとうございました。
きっと今頃、天国で
先に逝かれた北野タダオ先生と
笑顔でニコニコお話しされている
事と思います。
どうか、安らかにお眠りください。
宗清先生から学んだ事を忘れずに
これからにいかしていきます。
もう一度、お会いしたかった
もう一度、一緒に演奏させて頂きたかった
宗清先生、本当に
ありがとうございました。
言葉にできない寂しさでいっぱいです。