あれから15年、35歳を迎える前に死んじゃった。
1月25日は亡くなった元旦那さんの命日でした。
滋賀県米原市。

7時に起きて用意して8時半に出発。
名神高速を2時間運転して、彦根でおりて。
まずは納骨堂へ、手を合わせてきた。

11時からの法要へ。

昔の事を色々思い出した。


結婚してた時、彼の母親の遺骨がまだ自宅にあった。2009年12月に久々に彼に会った時、父親も亡くなったと言ってた。「オカンとオトンの遺骨、そろそろちゃんと納骨してあげなきゃ。来年の春に出世して大阪に戻るからと、また結婚してほしい」と言われた。

年が変わった2010年の1ヶ月後の1月、親戚の叔母さんから電話。

叔母「元気にしてるん」

私「ぼちぼち元気です」

叔母「あっ、大ちゃん死んだから。自分のことはアンタが全部してくれるって言うてたから頼むわな」と。えっ…亡くなった?医者に書いてもらった死亡証明代、彼の部屋、業者に頼んで片付けてもらう費用、そしてお葬式代も全部払った。そう言えば、部屋にゴルフバックがあったらしい。ゴルフもやりたかったんだろうな。


汚いなと思ったのは、彼の給料でたばかり、ボーナスだって入ってるはずなのに死亡証明出す前に、その叔母さんが銀行から全額引き出してたと言う事。あの時は私もホントにお金なかったからめちゃくちゃ大変だった。

お葬式を出し、叔母はんから渡された3人分のご遺骨。私のワンルームマンションには義父、義母、そして彼の遺骨。仕事から帰ったら幽霊おるんとちゃうかと、そっとドアを開けたの覚えてる。


納骨するには火葬証明がいる。義父、彼の火葬証明はある。義母…お会いした事もない。

昔、住んでたとこ、富山?福井?

富山の役所に電話してみた…無い。

福井、福井のどこ?確か市内って言うてたの思い出し、福井市の役所に電話。電話かけまくってやっと義母が福井市内で亡くなっている事が分かり、火葬証明を再発行し郵送してもらった。三人分のご遺骨、2ヶ月後にやっと納骨できた。


とても複雑な家庭で育った彼。借金まみれで大変だった彼。結婚してから二人で一生懸命働いてやっと返済できたのに、当時働いてた上司にそそのかされ社長を裏切って上司と共に起業。半年後その上司はお金持って飛んだ…結果…700万円の借金を一緒に返済したのに、7000万円の借金を背負う彼。

起業するなら離婚すると話すと、「男には人生をかけて勝負に出ないといけない時がある」勝負かけたい気持ちはわかるけど、その勝負に負けた時、私も被ることになるその借金。色んな人見てきたけど、社長になれる人、良い上司に恵まれて才能発揮する人、上司に恵まれず辞めていく人達。我ながらたくさんの方達と出会ったきたので、人を丸見る目はあると思う。私の元旦那さんは良い上司に恵まれて良い仕事ができる人の分類。そして結果、自己破産。

自己破産するのもお金がかかると、30万円立て替えた。時間たってから返済してくれた。

新たにちゃんと働き4年後の12月に久々に彼に会った。「もう一度やり直したい、春には出世して大阪に帰ってくるから」と。血圧が高いねんて言うてた、病院行って薬飲みやって言うてた一ヶ月後、くも膜下出血で亡くなった。あれから15年、生きてたら今は51歳。



子供の頃にバラバラだった家族。

小学校低学年の時に母親蒸発、当日のテレビの番組、蒸発した人の写真出して、帰ってきてとテレビでうったえるやつ。それ観てた人からテレビ局に連絡が入り、母が戻ってきたそう。だけど今度は母親が戻ると父親が蒸発。父親は彼とは名字が違っていた。彼はダブル不倫で出来た子供だった、認知はしたけど籍は…

父は蒸発したままだった。

中学の時に母親がくも膜下出血で亡くなり、父親から連絡あり千葉にいてると、2回だけお会いした事があったけど、彼と全然似てなくて。体型や身長さえ全然似て無い。オヤジって呼んでた。

福井市内で母親と母が亡くなり、祖母が亡くなり、大阪の親戚の家に引き取られた。同じ歳層のいとこ達と自分との扱いの違いが辛すぎ、バイトしてお金貯めて、高校生から一人暮らしを始めたそう。

専門学校のお金も自分で払い、プログラマーをやったりパソコン教室の先生やったりしてた。

頼りたいのにいない親。そりゃ借金もするよなぁ。そんな彼だったけど、吹奏楽をやっていた。借金はあったけど優しくて良い人で、涙もろい人だったなぁ。


バラバラだった家族、亡くなった3人のご遺骨を一緒に納めてあげるという役割が私にはあったんだと思う。



自ら吹奏楽部に所属し、ユーフォニウム奏者でクラシックやジャズ、音楽が大好きな人だった。

彼が失敗した起業は、彼が亡くなった一年後、私が起業、ジャズバーをオープンさせた。今年3月には14周年を迎える。私は自身、自分をマネジャーと思い、彼がオーナーだという気持ちで経営している。オープンしたのは東日本大震災の5日後、3月16日。日本は自粛モードで大変な一年だった。9周年を迎える前、ダイヤモンドプリンセス、コロナが日本にやってきた。それでも、国の協力金やお客様方に支えられコロナ禍を何とか乗り越えた。


今乗ってる車なんだけど。外国の車。

安全性に優れているらしい。

日本車はぶつかったらすぐ凹む。外車ってなかなか凹まない。前回はレネゲード、今はコンパスてのに乗ってる。これまた不思議と、彼が乗りたかったと言うてた事を最近思い出した…

結婚当初は借金だらけ、車なんて…ねぇ。

きっとどこかで私の事を見てて、アドバイスしてくれてるのかも知れないね、この車に乗りたいって。


亡くなってから15年経ったけど、一度も夢にも出てきた事がない。もうどこかで生まれ変わってるかな。今度は幸せな家庭に生まれてたらいいな。




しかし…彦根は遠かった…

彦根城↓

琵琶湖の向こうは比叡山?


私は元気で頑張ってるから、どうぞ見守ってください…と手を合わせてきた。

そんな一日でした。

帰りは琵琶湖を右に見ながらさざなみ街道を走り琵琶湖大橋を通って、京都東から名神高速で。

2時間半かかった。竹内マリアさんを聴きながら。


明日からまた一週間始まりますね。

今日はゆっくりしよう…