今年1発目は年賀状。
なので、一月はゆっくりしてた。
二月に入って、2月のDMの内容を考えないと
と思いつつ。考えがまとまらず。
来月は私のお店、北新地にあるジャズバー
ナオズプレイスは15周年を迎えます。
そう考えると、15年前の事を色々思い起こした。
2010年の12月、長く働いた生演奏の店から解雇を言われ、2日後、解雇を撤回。辞めろとか、辞めるなとか…こんな場所ではもう働きたくない。
12月をもって退職。またアメリカへ行く事も考えたけど、色々考えてお店をすることにしたのは2011年の一月。お正月に帰省し、大工の父に相談。そっから早かった。帰阪し、物件を探し、3月に入り、1週間で内装完了。オープンまで後5日と言う時に起きた東日本大震災。終わった…オープンせずに終わり…と。オープンのご案内を出していたけど、日本全国で自粛モード。でも開けるしかないと、オープンさせた。たくさんのお客様が「えらい時期のオープンなったなぁ、でも頑張れ!」と。
誹謗中傷もあった。体張ってお客さんを引っ張ってるとか、私の後ろには893さんがおるとか…内容通知送ったれ!とお客さんに言われたりしたけど、やっかみやから、ほっとけと。父に相談したら、「出る杭は打たれるけど、出過ぎる杭は打たれない!頑張れと。」。歯を食いしばって頑張ってきた。オープンしてから本業のライブ活動は中止。オープン10周年を終えられたら、またライブを再開しよと決めた。9周年の時はコロナが日本に…先の見えない中、辛かった。でも、しんどいのは自分だけではないと自分に言い聞かせた。でも、家の家賃、店の家賃は払って行かなきゃ…協力金で家賃を支払い、ミュージシャンのスタッフ達にもお金を振り込んで。
コロナ明け、今までの常識は覆され。風潮が変わり切ってしまって。それでも、応援してくださるお客様方に支えられて、スタッフやミュージシャン達に支えられて、15周年が目前に迫ってきた。
私1人ではここまで出来なかった。たくさんの出会い、たくさんの別れがあった。きっとこれからもその繰り返しだろう。叫びたい時もある、もう嫌や!って思う時もある。でも、時々ある嬉しい事があるから頑張れるのかもしれない。
小中高で虐めにあい、死にたいと思った事が何度もあった。膝の靭帯切って、入院手術、歩けなかった一年。こんな町出ていく!と神戸へ。阪神淡路大震災で被災。もう一度夢に向かって突き進んだ、20代、30代、40代。無敵だと思ってたけど、50代になって思うこと。「私は後何年生きられるのだろう」と。今、私のそばにいてくれるお客様やスタッフ達に感謝して、16年目も頑張っていきたいな。
記憶では、確か4歳から5歳くらいの時「あぁぁ〜私の人生楽しかったと思いながら死にたい」と思った物心がついた頃。そうなるといいな。
そんな事を考えてたら、2月のDMが出来ました。

まだまだ、やらなきゃいけないことある。
仕事も私生活も頑張らなきゃ!
今日は母の誕生日。
75才、まだまだ元気でいて下さい。
誕生日、おめでとう!





